お手伝い 4.29
先日ご紹介した、娘のお手伝い、洗濯物入れと、たたみですが、今日はその続編です。
まずはリウマチになった義母のうちに、家事をしに行って疲れてしまったことから。
これはあくまでもお手伝いで、介護ではありません。
義母は自分のことは自分でできます。
ですから私がやるのは家事だけです。
それでも、日曜日はなんだか疲れてしまいました。
たかだか家事をするだけでも、他人のうちでは不慣れで疲れるということは、介護はさぞ大変だろうな~、しみじみ思いました。
一人で抱えず、息抜きもし、楽しくできる範囲でなければ、笑顔で接することもできないかも、とも思いました。
あんまり実感もなく今まで来ましたが、急に痛切に「介護」という言葉の重みに気づいてしまい、心さざめく今日この頃です。
でも、今回は疲れたことが、いい結果を生みました。
月曜日、ゴロゴロして、娘に洗濯物入れてほしいな~、といったら、大張りきりでやってくれ、さらにたたんでくれるともっとうれしいな~、と、ころがりながら言ったら、本当によくやってくれた娘でした。
知的障害があり、お勉強面での理解力は同じ年のお友達にかないませんが、人の役に立ちたい、という気持ちや、お母さんがどうも元気がないみたいだ、ということの理解はありました。
その夜、たたんでもらった下着類をお風呂上りに着た時、きちんとたたんであるので、とてもうれしくて幸せな気持ちになれました。普段自分のものなんて、たいしてたたみもせず、またすぐ着るんだから、と、ちゃちゃちゃといい加減にたたんでおしまいです。
あんまりうれしかったので、次の日の朝、
「昨日お風呂から出た時、きちんとたたんでくれたの着られてうれしかったな~、お母さん、幸せな気持ちになっちゃった。」
といったら、うれしそうに何度も、お母さんしあわせだったの?と確認。
帰ってきてからも覚えていて、3:30いつも洗濯物を入れる時間に
「入れてあげようか?」
ラッキー!とばかり、
「うんうん、お願い」
入れ終わると、
「また今日もお母さんしあわせな気持ちにしてあげようかな~」
と、たたみはじめました。
今日まで3日間、続いております。
今日もきちんとたたまれたものを身につけ、今、パソコンに向かっているのでした。
小さな、小さなしあわせです。
でも、あの日。
インフルエンザから脳症になり、知的障害を負ったと知らされた日、こんなに娘が成長し、母親としてしあわせな気持ちをかみしめる日が来ようとは、想像もしませんでした。
1つうれしいことがあると、1日に何度も何度も言うので、ちょっとしつこいかな、というところではありますが、お母さんがしあわせな気持ちになるために、と張り切ってくれる娘の気持ちがとってもうれしい毎日です。
まずはリウマチになった義母のうちに、家事をしに行って疲れてしまったことから。
これはあくまでもお手伝いで、介護ではありません。
義母は自分のことは自分でできます。
ですから私がやるのは家事だけです。
それでも、日曜日はなんだか疲れてしまいました。
たかだか家事をするだけでも、他人のうちでは不慣れで疲れるということは、介護はさぞ大変だろうな~、しみじみ思いました。
一人で抱えず、息抜きもし、楽しくできる範囲でなければ、笑顔で接することもできないかも、とも思いました。
あんまり実感もなく今まで来ましたが、急に痛切に「介護」という言葉の重みに気づいてしまい、心さざめく今日この頃です。
でも、今回は疲れたことが、いい結果を生みました。
月曜日、ゴロゴロして、娘に洗濯物入れてほしいな~、といったら、大張りきりでやってくれ、さらにたたんでくれるともっとうれしいな~、と、ころがりながら言ったら、本当によくやってくれた娘でした。
知的障害があり、お勉強面での理解力は同じ年のお友達にかないませんが、人の役に立ちたい、という気持ちや、お母さんがどうも元気がないみたいだ、ということの理解はありました。
その夜、たたんでもらった下着類をお風呂上りに着た時、きちんとたたんであるので、とてもうれしくて幸せな気持ちになれました。普段自分のものなんて、たいしてたたみもせず、またすぐ着るんだから、と、ちゃちゃちゃといい加減にたたんでおしまいです。
あんまりうれしかったので、次の日の朝、
「昨日お風呂から出た時、きちんとたたんでくれたの着られてうれしかったな~、お母さん、幸せな気持ちになっちゃった。」
といったら、うれしそうに何度も、お母さんしあわせだったの?と確認。
帰ってきてからも覚えていて、3:30いつも洗濯物を入れる時間に
「入れてあげようか?」
ラッキー!とばかり、
「うんうん、お願い」
入れ終わると、
「また今日もお母さんしあわせな気持ちにしてあげようかな~」
と、たたみはじめました。
今日まで3日間、続いております。
今日もきちんとたたまれたものを身につけ、今、パソコンに向かっているのでした。
小さな、小さなしあわせです。
でも、あの日。
インフルエンザから脳症になり、知的障害を負ったと知らされた日、こんなに娘が成長し、母親としてしあわせな気持ちをかみしめる日が来ようとは、想像もしませんでした。
1つうれしいことがあると、1日に何度も何度も言うので、ちょっとしつこいかな、というところではありますが、お母さんがしあわせな気持ちになるために、と張り切ってくれる娘の気持ちがとってもうれしい毎日です。
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